対話型ワークショップ「公共哲学とは何か」(PJTメンバー限定企画)
3.11以降、改めて注目を集めている「公共哲学とは何か」について、ここ青山AZITOで対話イベントを開催した。(2011年6月12日開催)「公共とは何か」「哲学とは何か」について様々な議論があるが、今回は、社会との関わりの中で、私たちの判断や意見を産み出している価値観として哲学を定義し対話を行った。
私たちは何か問題や矛盾を認識した時に、「○○の方がよい」「△△すべき」という判断をしている。しかし、日常の生活や仕事においては、「○○の方がよい」「△△すべき」という個々の正しさ自体に目を奪われ、それらが自分のどのような価値観・哲学から生まれてきているのかまでは意識することは少ないのではないか。今回の対話では、そのような普段の生活において意識をあてることが少ない、「私たちがいま持っている価値観・哲学とは何か」ということを主眼に、参加者全員で言葉を交わした。
公共哲学を考える上での価値観・哲学として、書籍「社会とどうかかわるか」著者:山脇直司氏(東京大学教授)によると、「滅私奉公・滅公奉私」、そして「活私開公」というものがあるとしている。今回の対話では「家庭と自分」という切り口で、日常の中で感じる葛藤を通じて、私たちが普段どのような価値観・哲学に立脚して物事を考えているか、個々の実体験を例にリアリティのある発言が飛び交った。
「結婚や子育てをすると、自分の自由な時間が無くなってしまうのではないか」
「結婚したら、独身の頃より自由になった」
「そもそも不自由の中からしか自由は感じられないのではないか」
「結婚前と後では、自分が『私』としているものが変わった」
「一体、私とはどこまでのことなのか。自分?家庭?」
対話を通じて見えてきたものは、「自由とは何か」「私とは何か」という問いであった。"公共という社会を考える対話の中から、自分の意識の在り方を問う"、このようなことが、公共というものを哲学するにあたって、いま私たちができる第一歩ではないだろうか。
また、SUN'Actでは、対話だけでなく、2010年2月から始まった過去5回の友愛公共フォーラムや、2011年6月26日開催の「公共哲学シンポジウム」という、新たな公共を考えるシンポジウムの運営を務めている。SUN'Actでは、この運営のひとつひとつのプロセスにおいても公共的なアプローチをしたいと考え、個人や個々の意見を見失わせてしまうような進め方、多数決やマニュアルなどを可能な限り採用をせずに、効率的ではないかもしれないが、ひとつひとつ話し合いの中で創り上げていくプロセスを大切にしている。
このような経験を通じて、新しい公共を社会に実現していくプロセスとして必要なことは、(1)シンポジウム等を通じて、各先生方から新しい社会・新しい個人の理想的な在り方を学ぶこと。(2)今回のような対話を通じて、個々が自分自身を客観的に振り返ること。(3)実際の運営等のプロジェクト参画を通じて、他者と協働し創り出していくこと。この3つのアプローチが有機的に結びついた先に個人成長と新しい社会があるのではないか。SUN'Actでは、私たち一人一人が社会とどうかかわるかについて、学びの場を創出して行きたいと考えている。
私自身も様々な葛藤もあった。今に至る中では、周りにいる仲間に迷惑をかけてしまうこともあったが、共に学び、話し合い、協働する機会をくれた仲間の存在のお陰で、いつの間にか自分の葛藤を乗り越えていたように思う。そして、いま自分の中に「自分はひとつひとつの選択を自分の意思で主体的に決めているのだろうか?」という問いを持つことが出来た。この問いに対する答えはこれからも常に問い続けていきたいと思う。
私個人の限られた経験ではあるが、新しい公共を創っていく過渡期において、個々が今の自分の意識を超えていく必要があるのではないかと考えている。今日のこの場が新しい社会を創る為のひとつのきっかけになれば嬉しくとともに、より社会が前に進む中で私たちの役割と出番がそこにあれば誇りに思う。
文責:対話ワークショップ「公共哲学とは何か」ファシリテーター:成田好孝