【レポート】「希望の牧場・酪農家吉沢氏を招いての勉強会」
福島第一原発から14km地点にある牧場で、今でも牛を飼い続ける人がいます。
彼は稼ぐために牛を飼い続けているわけではありません。
無意味に殺されそうになる命を守り、原発がどのような生態系を破壊
するのかの【生きた証し】を後世に残す。
そのために彼は私財を投げ打ち、村の人たちから白い目を向けられ
ながらも牛を飼い続けています。
今、原発の警戒区域では何が起こっているのでしょうか?
そこで生きてきた人たちは何を考え、何を思うのでしょうか?
原発被害地域がどのような問題を抱えているのか、
またそこから何か学べるのではないか、
そんな思いから、この勉強会の事務局をさせていただきました。
震災で壊滅的打撃を受けている最中に福島原発が爆発。
警察からはすぐに避難するように指示が出て、浪江町では町全体で
避難したそうです。
残された牛たちは被爆しているため経済的価値は無くなるわけですが、
彼らは未だ生きていて、命がまだ残っています。
見殺しにはしたくない。
そのために吉沢氏は自身が被爆することを厭わず、もやし工場の絞りかすを
3日に一度は運び続けたそうです。そのとき他の牛舎では、ガリガリのミイラ
のように死んでいく牛がたくさんいたそうです。餓死というのは最大の動物
虐待じゃないか。そういう牛舎がたくさんあったそうです。
このような絶望的な状況で、吉沢氏は他の人のようにその現場から目を
背けるのではなく、立ち向かいました。
悲しい現実を伝え問題解決するために吉沢氏は東京電力・警察・農水省・
原子力保安院・首相官邸などありとあらゆる手段を尽くして奔走されました。
経済的価値はない牛を、なぜ世話しつづけるのか。
明確な答えがないままでも吉沢氏は戦い続けます。
そのような中、民主党の高村先生とと出会い、被爆した牛の研究対象という
名目で牛を生かし続ける意味を見出します。
原発被害地域の人たちは、避難してもあらぬ疑いと差別を受けるそうです。
本人は何も悪くないのに。
そんな理不尽な状況で逃げ出す人たちがほとんど中、
あきらめることなく戦い続ける人。それが吉沢氏だと感じました。
吉沢氏の言葉で印象的に残った言葉は「生きることの意味」です。
彼の姿を見ていると、とても生命力に溢れています。
絶望的な状況であるはずなのに、希望が見えない状況なのに、
彼はとても輝いています。
一般的には夢や希望がある状態が充実しているように言われますが、
彼をみていると本当にそうなんだろうかと考えさせられます。
希望や'生きている'という実感は、与えられるものではなく、
自分自身が創りだすものではないか。
不条理の中から、希望を創り出す。
思い通りになることではなく、理不尽な状況でも目の前の現実から
目を背けることなく本気で向き合い、生きる。
それこそが「生きている」という意味を感じられる本質ではないかと
思いました。
以上
文責:野田武志